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おたく的なことをちまちまと綴るブログです。
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人を殺して其の帰り道でスパゲッティ屋に入った。
シェフのお勧めコース二八〇〇円、オードブルと、A枠の中からお好きなスパゲッティ一つ、其れからドルチェとソフトドリンクがセットになったお得なコース。
ただし私の食べたかったのはB枠に入っていたシチリア風海老ときのこの和風醤油風スパゲッティだったから、暫し単品で頼むか悩んだ。
シチリア風で和風で醤油風だとどんな物体になるのか純粋に興味があった。
シチリア風と和風では矛盾しているし、和風と醤油風は語義が重なっている。

「で、誰を殺してきたのさ」

ニヤニヤと下世話な微笑みで持って問い掛けてくる青年を一瞥して、私は従業員を呼ぶ。
閑古鳥が鳴いている広いホール、其れなのに私の隣の席にきっかりと背筋を伸ばして腰掛けて、だらしなく着流したスーツ(スーツを着流すなんて相当な難易度だ)の裾を埃でも払うように叩いている彼は、何を隠そうフリーターである。名前は松田五郎。私は何でも知っている。
億劫そうにカウンターから出てくる従業員にシェフのお勧めコースね、あと五〇〇円上乗せするからスパゲッティをこっちのシチリア風海老ときのこの和風醤油風スパゲッチョに変えておくれよと頼んだ。
はあ、と覇気の無い声で頷く従業員は、口の中で何度かスパゲッチョスパゲッチョと呟きながらカウンターの奥へ戻って行った。
オードブルとドルチェとソフトドリンクにも選択の余地があった筈なのだが、彼は私に其れを聞いて行かなかった。
読心術の使い手か、はたまたアトランダムに出てくるのか。
私は南瓜が食べられないので、ドルチェが南瓜のプリンにならないことを切に願った。

「お父さん、名前なんてえの。俺、マツダイエミツって言うの」
「嘘を吐くな」
「嘘じゃねえもん」
「其れなら職業を申し立ててみろ」
「へーへー申し立てますよ。何を隠そう司法書士なのでした」
「…………」
「あ、なんですか、しかとですか」

テーブルの上に置いてあった水差しを手に取って、ぼとぼととグラスに注ぎ込む。
一仕事終えたあとにはこれが堪らない。

「じゃあなに、フリーターって言ったら口利いてくれますか」
「場合による」
「あ、じゃあもう一回最初からね。お兄さん、名前なんてえの。俺、松田五郎って言うの」
「そうか」

オードブルが出てきた。
何だかてらてらした肉が細切れになってスライスされたトマトの上に乗っている。
水でふやけてぶよぶよになったチーズが四方にまるで中央のトマトと肉を守護するかのように散りばめられているので、私は其れに手を付けることが出来ない。
朱雀と玄武と青龍と白虎とどれに挑むかって、其れは一番技の少なそうな玄武だ。
大体玄武って何の動物なのか解らないし。亀? 動きが遅そうだから簡単に逃げ切れそうなところもポイントが高い。
でも四天王はきっと全部強いのだ。私は何でも知っている。君子危うきに近寄らず。

「おい松田五郎君」
「なんですか」
「四天王はきみがやっつけろ」
「合点承知」

彼は嬉しそうに私のテーブルの向かいに腰掛けて、四方のチーズを素早く平らげた。

「感触はどうだ」
「ゴムみたいな味がするねえ」

彼は四天王を下したあともなんだか物足りなさそうな顔をしていた。
ご苦労様、と重いながら中央に鎮座ましましているトマト将軍を肉切れごと口の中に突っ込んだ。

「アッ、味わわないと」
「きみは一々五月蝿いな。なんだ。私に何の用なんだ。本日は何の御用向きで此処にいらしたんだ」

松田五郎は暫く無言で考え込んで、おもむろに皿に残っているソースを指で掬って舐め始める。オーダーもしないのに店に居座っているばかりか、私の料理まで平らげる心算かも知れない。油断は禁物だ。もしかしたら、店に這入って来たタイミングが同じだったから従業員には親子とでも思われているのかも知れない。彼はどうみても二十歳前後だし、私はどこからどう見ても五十前後の良いおじ様だったからだ。
そう言えば開口一番大声でお父さんなどと呼ばわった覚えがないでもない。小癪な。私の息子ならばフリーターなどである筈が無い。今頃立派に司法書士でも務めているだろう。

「なあお父さん、椎名肇って知ってるか」
「知らない」
「近頃世間を騒がせている殺人鬼だよ。凄い有名なんだぜ、現場に“真珠郎はどこにいる”って書き殴って行くからそんな名前になってんだ」
「其れはきみ只のパクリと違うのか」
「オリジナリティの欠片もないけどドラマティックではあるだろ。お父さん、スパゲッティが来たよ」

シチリア風海老とマッシュルームの和風醤油風スパゲッティが来た。
作りたてで、皿から白い煙がもうもうと立ち昇っている。麺が見えないくらい立ち昇っている。

「凄い霧だねえ、父さん。この時間になると摩周湖は霧の所為で前後不覚だよ」
「シチリアだぞ。おい、スープの表面に何か浮いていやがる」
「ミニチュアのゴンドラだ!ロマンティックだなあ、そんでこれはドライアイスか」

何のことはない、只の和風醤油スープスパゲッティだった。
シチリア風じゃなくてヴェネツィア風に改名した方が良いのは自明だったので、アンケートにその旨書いておいた。
醤油で濁ったスープが泥水に見えなくもない。

「そんでさ、その椎名肇ってやつが、今度は二丁目でやらかしたらしいよ」

一本しかないフォークを二等分して、私たちはスパゲッティを頬張る。

「へえ、奇遇だな。私も今日は二丁目の方から来たんだよ」
「俺もだよ」

とすると、今日は二丁目で少なくとも二人以上の人間が死んだことになる。
私はこころの中で、哀れな犠牲者に合掌した。
殺してごめんね。

「で、だよ。父さんは、誰を如何して殺してきたの」

瞬く間に皿の底に描かれた長靴の猫が見え始める。
私は猫は飼っていないがかと言って風車小屋なんかも持っている訳ではない。
私の息子には一体私の何が残るのだろうかと昨日食べた三時のおやつでも思い浮かべるように他人事のように考えた。

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