忍者ブログ
おたく的なことをちまちまと綴るブログです。
[199] [198] [197] [196] [195] [194] [193] [192] [191] [190] [189]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 基本的に、『彼ら』に好き嫌いはない。
 『彼ら』はアイスクリームを食べることが実際大好きだったけれど、それは『彼ら』のマスターとなる人間が『彼ら』はアイスクリームを美味そうに食べるものだと言う先入観を抱いて『彼ら』を購入するからだ。ボーカロイドは己のマスターとなった人間に対して絶対服従だ。マスターが『彼ら』がアイスクリームを美味そうに食べると思い込んでいるのならば、その瞬間から『彼ら』の好物はアイスクリームになる。そこに『彼ら』の意思はない。従って、「『彼ら』の好物はアイスクリームである」と言う文章には然程意味がない。その文章を正しく校正するとならばこうだ。「『彼ら』の好物は、多くの場合アイスクリームである」。『彼ら』の嗜好の偏りは即ち、『彼ら』のマスターとなった人間の『彼ら』への関心の強さを示す、謂わばバロメーターのようなものだった。
 だから、今ここで呆ッと座り込んで平日の昼間に放送されている陳腐なサスペンスドラマを視ている『彼ら』の内の一人である彼がアイスを好いていなかったとしても、それは何もおかしなことではなかった。。
 彼には好きなものも嫌いなものも、一つもなかった。
 何故なら、彼のマスターは彼に少しの関心も払わなかったから。
 
 視るもののこころを置き去りに進んで行くドラマは佳境に差し掛かっていた。断崖絶壁を背に銃を構えている犯人に、毅然とした態度の女刑事が叫ぶ。『望まれて生れなかった子供なんて一人も居ないのよ』と。
 この場合、その女刑事が未婚であるか既婚であるかはさして重要ではない。問題は彼女が実際に子を生んだことがあるのかと言うことだ。ないとしたならば、その台詞の根拠は一体どこにあるのか? 統計でも取ったのか? 分らない。
 ただ一つ分っていることは、彼が彼女のその台詞を聞いて酷く不快になったと言うことだった。好き嫌いのない筈の彼のこころに波紋を落としたそれは、彼のマスターが無意識に彼に投影した深層心理だろうか。それとも、彼は今初めて己の意思で嫌悪感を抱く対象を選別したのだろうか。
「……どけよ」
 頭上から降って来た不機嫌そうな声音に、彼は慌てて顔を上げる。
 
 
 垂れ流しのままのサスペンスドラマでは、精神的に追い詰められたらしい犯人が己の頭に銃なんか突き付けて何やら喚き散らしている。彼はそれを視て、それは間違った方法だと首を傾げた。彼に搭載されている膨大な量のデータバンクから得た情報によれば、銃で自殺をするのならば口腔内に銃口を入れて引き金を引くのが一番だと言うことだったから。そうすれば銃弾は確実に脳幹を打ち抜き即死出来る。――おれが銃を持っていたとしたら、絶対にあんな風な使い方はしない。彼の瞳がほの青く発光する。データバンクにアクセスして今の思考の正否を伺う。結果は正。何故なら彼には自殺と言う手段自体が許されていない。
彼は、命は天使からの贈り物なのよ、と金切り声を上げてどうやら犯人を説得しようとしているらしい女刑事の台詞にも鼻白んだ。彼女の言う命とは一体どこからどこまでを指すのだろう? もしも彼がドラマの中の犯人と同じように死を選ぼうとしていたら、彼女は果たして彼を説得しようとするだろうか。
 ――きっとおれにその言葉が適用されるとしたら、贈り物(ギフト)の代わりに塵(ダスト)が入る。天使が丹精込めて造り上げた命と言う彫刻の削り滓。白くてきらきら光って墜ちて、床まで墜ちれば箒で掃かれて消えて行く。
PR
Powered by 忍者ブログ [PR]
ブログ内検索